マズローの自己実現理論

この外の円の中にあるスターの5つの星はマズローの自己実現理論である人が持つ欲求の5つを表しています。

生理的欲求(Physiological needs)

安全の欲求(Safety needs)

社会欲求と愛の欲求(Social needs / Love and belonging)

承認(尊重)の欲求(Esteem)

自己実現の欲求(Self-actualization)

そして、そのさらにもう一つ上が自己超越(self-transcendence)


真理・希望・守護・安全・道しるべ

二つ目、中央の星の意味は「星」です。

星の起源は古く古代バビロニアまで遡ります。バビロニアでは太陽と月以外で、定められた動きとは違う動きをする水星、金星、火星、木星、土星は特別な神の星なのだとして、神の名前で呼び、その星の動きによって様々な事象や人の運命などを占う西洋占星術として取り入れました。

その神を象徴するように描かれたのが5つの角がある五角形の星なのだそうです。

 

五つの星の考えは西洋から中国へと伝わり、陰陽五行思想として発展し、万物は『木、火、土、金、水』の五つの要素で成り立つと言う考えの象徴として五角形の星が用いられました。

当スタジオのある大阪で阿倍野と言う場所には、天才陰陽師として知られる安部晴明を祀った安部晴明神社があり、五芒星が吉祥紋とされ、魔よけとしても用いられています。

五芒星とは長さの等しい5本の線で描かれた星の事を指し、一筆書きで描いた様な一般的な星の形です。

 

上向きの正三角形と下向きの正三角形を重ね合わせた六芒星と呼ばれる六角形の星もまた、日本では籠目紋とも呼ばれ伊勢神宮の石灯籠にはこの六芒星が刻まれ、天と地、男と女などの意味するのだそうです。


仁・義・礼・智・信の五常

三つ目、一番中央の星の意味、それは私たちメンタル家庭教師自身の人間としての基礎です。

指導者である前に、「人として、どのような人物でなければならないのか」を示しています。

「仁」とは愛、寛容、愛情、同情、憐憫であり、儒教では人間の行うべき最高の徳、人の霊魂の属性中最も高きものに「仁」を位置付けています。相手を思いやる心、可愛そうだと思う憐憫の情があるからこそ、「義」として善悪の判断がつきます。「義をみてせざるは勇なきなり」で、何が「義」であるのかを決めるのは、人間としての思いやり、つまりは「仁」であります。「仁」は柔和なる徳であり、女性的な慈愛と説得性を持ちます。それに対し「義」は、真直なる道義と厳格なる正義とを持つ男性的な徳であります。武士道では、「智」によって「仁」と「義」のバランスをとり、どちらに偏りすぎてもよくないと教えています。つまり、単なる女性的な慈愛ではなく、正義と道義に基づいた厳しい愛でなければならないとし、儒教では至高の徳に「仁」を置くが、武士道では支配階級としてより困難な「義」を筆頭に持ってきました。武士の仁愛が他の仁愛と異なるわけではないが、武士の場合には愛は盲目的な衝動ではなく正義に対して適当なる顧慮を払える愛であり、また単にある心の状態としてのみではなく、生殺与奪の権力を背後に有する愛だからこそであります。特に、弱者や虐げられた者、敗れた者への「仁」は、武士に相応しいものとして賞賛されました。

 

仁を思いの中心に置き、義、礼、智、信があります。

 

正しい行いを守ることであり、人間の欲望を追求する「利」と対立する概念として考えられた(義利の辨)。孟子は羞悪の心が義の端であると説いた。羞悪の心とは、悪を羞じる心のことである。

 

さまざまな行事のなかで規定されている動作や言行、服装や道具などの総称。春秋戦国時代、儒家によって観念的な意味が付与され、人間関係を円滑にすすめ社会秩序(儒家にとっては身分制階級秩序)を維持するための道徳的な規範をも意味するようになった。

 

物の道理を知り、正しい判断を下す能力。

 

欺かない事。偽らない事。忠実なこと。まこと。

 


水は方円の器に随う

四つ目、外の星を囲っている「円」の意味

【読み】 みずはほうえんのうつわにしたがう

水は方円の器に随うとは、人は環境や友人によって、良くも悪くも変わるというたとえです。

四角い器に水を入れれば水も四角い形になり、丸い器に水を入れれば水も円形になります。

転じて、人も環境や付き合う人物いかんで良くも悪くもなるということです。

「方」とは四角のことで、「円」とは円形のことです。

孔子の言葉で、『韓非子』に「人君為る者は猶盂のごときなり。民は猶水のごときなり。盂方なれば水方に、盂圜なれば水圜なり(君主たる者は水をいれる鉢のようなものである。人民は、その鉢の中の水のようなもの。鉢が四角なら水も四角い形となり、鉢が丸ければ水も丸い形を作る)」とあるのに基づきます。

「随う」は「従う」とも書きます。

【出典】孔子『韓非子』